2019.2.16
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人事評価

海外進出する日系企業が理解しておきたい労使紛争とCSRの関係

(画像=eamesBot/Shutterstock.com)
(画像=eamesBot/Shutterstock.com)
海外進出を考えている日系企業は、進出先の国の法令や文化・風習などを調査し、適応に努めようとするでしょう。しかし、同時に世界的なCSR(企業の社会的責任)をめぐる動きにも目配りする必要があります。日本ではあまり深く認識されていない部分もありますが、世界的にはCSRが労働環境や労働者の人権と深く絡み合っているからです。

今回はCSRの歴史的な経緯を概観し、世界と日本とでCSRに対する認識が異なっていることをご説明します。

労使紛争の取り組みの一環として理解したいCSR

そもそもCSRとはCorporate Social Responsibilityの略語で、「企業の社会的責任」を意味しています。企業は、会社自身や株主・従業員のために利益を追求するだけでなく、消費者や社会全体のために責任を果たすことが求められています。具体的には差別の撤廃、人権への配慮、環境問題への目配りなどの活動が挙げられ、グローバル企業の多くがCSRを重視した経営へ舵を切りつつあります。

かつてはCSRを重視すると、企業経営の負担になるとの議論もありました。しかし現在はCSRによってリスクマネジメントの強化や経営の効率化を図れるとされ、CSRと企業利益を対にするような認識はなくなりつつあります。企業のステークホルダー(利害関係者)を株主や消費者だけでなく、パートナー会社や地域社会などまで広げることが、企業の持続可能性を高めることにつながると考えられています。

CSRは、1990年代に大きく叫ばれるようになった言葉です。この頃には企業のグローバル化が進展し、国内雇用の空洞化や途上国の労働者・環境への悪影響などグローバル化の負の側面が表面化し、反発の声が高まっていました。特に、1999年に世界貿易機関(WTO)が開催したシアトル会議は、グローバル化反対を主張する労働者・農家・NGOなど7万人もの抗議によって中断させられる事態となりました。CSRの背景には、いわば巨大な労使紛争があったのです。

CSRをめぐる議論の論点は多岐にわたりますが、その中核に位置づけられていたのが労働問題です。企業のグローバル化によって競争が激化すると、劣悪な労働条件で労働者を酷使する企業が適正な競争基準をゆがめる結果につながるとの意見から、企業が遵守すべき「中核的労働基準」を定める動きが広がっていきました。2011年に国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が承認されたことで、企業のCSRにおける労働・人権の重要性は一層大きくなっています。

海外と日本で異なるCSR導入のコンテクスト

CSRについて指摘されているのは、海外と日本でCSRに対する認識が異なっているということです。海外では、CSRを企業経営の中核に位置づけ、全てのステークホルダーに責任を果たすような企業経営こそが企業自身の利益にもつながるという考えを持っているところが少なくありません。これに対して日本では、CSRを「リスクへの対応」「慈善事業」として捉えるのにとどまり、重視しない企業も少なくありません。

こうした認識の違いを生む背景には、CSRが導入された歴史的な経緯の違いがあります。前述の通り、海外ではグローバル化に対する労働者や農家、NGOなどの強い反発がありました。いわば下からの突き上げによって、各企業および国際社会が真摯な対応を余儀なくされたのです。

一方の日本では、相次ぐ企業の不祥事へ対応するため、企業のガバナンス実現や法令遵守を目指す動きとしてCSRが導入されました。労働組合は、CSRに関する企業への働きかけをそれほど強く行っていませんでした。そのためCSRの指針が労働問題に関心の低い株主や消費者に向けて作られるケースが大半であり、結果としてCSRの文脈に労働・人権を位置づけようとする動きが高まりませんでした。

日本の産業界では、CSRの重要性を謳いつつも、その国際規格化や法制化には反対の声がありました。経済同友会は、2004年にCSRに関するレポートを発表して「CSRの国際規格化が企業の取り組みを制約してはいけない」「法令遵守など最低限の取り組み以外については企業の自主性にゆだねるべき」と述べています。

グローバル企業は労働問題との関連でCSRの理念を理解しよう

ここまで述べてきたように、CSRの発展の経緯に起因する形でCSRに対する認識が日本と海外とで異なっています。しかし、一部の大企業のみならず中小企業による海外進出が増えている現代において、CSRに対する認識も「グローバル化」が迫られる可能性があります。

仮に国内の本社で労働・人権をめぐるCSRが問題化しなかったとしても、海外子会社やサプライヤーなどで問題化した場合には、親企業である国内本社が適切な対応を取ることを求められます。海外進出前にCSRの理念を調査し直し、労働基準の遵守とCSR支援の両面から海外の労働問題に対応していく必要がありそうです。

CSRをグローバル視点で捉え直すことが大切

欧米を中心に広がりを見せたCSRに対し、日本の企業関係者の間には「一過性のブームではないか」「企業経営に悪影響」などの醒めた見方もありました。しかし20年近くにわたってCSRが進展・定着している点を見ると、こうした動きが一過性で終わる可能性は低いでしょう。海外進出、グローバル化を目指す企業は、CSRに労働・人権問題が深く関連していることを再認識する必要があります。

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