Adobeは2016年、既存のパフォーマンス評価制度を廃止し、「Check-In(チェック・イン)」と呼ばれる新たなHRシステムを採用しました。Check-Inの導入により、「マネージャーがパフォーマンス評価に費やす時間を年間10万時間節約する」ことが期待されているほか、従業員のモチベーションが向上するなど、組織にポジティブな影響を与えています。
Check-In採用の背景
2012年、当時、Adobeの人事担当上級副社長だったドナ・モリス氏は、既存の年次パフォーマンス評価システムの廃止を決定しました。同社が採用していた評価システムは標準的で、1年に1回マネージャーが過去の実績を収集し、各従業員について360度の評価を実施、各従業員のその年の業績に関するレポートを作成するというものでした。
事務的な処理が多く複雑なプロセスであったため、同社の推定によるとマネージャーは毎年合計8万時間を評価に費やしていました。これは、正社員約40人の1年分の労働時間に相当します。
また従業員の全体的なパフォーマンスを4つのランク(高い・強い・堅実・低い)に振り分けるという評価法が原因で、多くの従業員が「過小評価されている」と感じていました。例えば、「高パフォーマンスの評価を受けられる従業員の割合は、チームの15%以下に留める」などのルールがあったため、マネージャーにとっても公平な評価を下すことが困難なシステムでした。
モリス氏はこうした官僚的な制度が、「チームワークとイノベーションに対する障壁を生み出している」と判断しました。
従業員の4割以上が「パフォーマンス評価のない職場に転職したい」
同社が2016年、米国のオフィスワーカー1,500人を対象に実施した調査から、同様の傾向は多くの企業に共通することが明らかになっています。
調査では、従業員の72%、マネージャーの88%が「人事評価の準備は時間の無駄」、従業員の64%、マネージャーの62%が「人事評価は時代遅れ」との見解を示しました。
さらに、マネージャーが従業員1人あたりの人事評価の準備に、平均17時間を費やしているにも関わらず、従業員の41%が「パフォーマンス評価のない職場に転職したい」と回答しました。
この調査結果は、既存のHR評価は非生産的であるだけではなく、「従業員のモチベーションを奪う」という現状を浮き彫りにしています。
既存のパフォーマンス評価と違う6つのポイント
発表から数ヵ月後、モリス氏と専属チームは組織全体からフィードバックを集め、AdobeにCheck-Inを導入しました。主な変更点は以下の6項目です。
1.優先順位の設定
廃止:優先順位を毎年1回設定する
Check-In:従業員がマネージャーと定期的に話し合い、調整を行う
2.フィードバック・プロセス
廃止:成果提出→フィードバック→評価を作成するため、時間がかかる
Check-In:正式な書面による評価や文書を廃止、継続的なフィードバックと対話式
3.報酬決定
廃止:各従業員の格付けおよび順位付けを経て、昇給を決定する
Check-In:パフォーマンスに基づき、昇給を決定する
4.ミーティングの頻度
廃止:フィードバック・セッションを不定期に行う
年末に従業員の生産性を急上昇させる
Che Check-In:四半期ごとにフィードバック・セッションを実施する
年間を通し、従業員の生産性に一貫性を持たせる
5.HRチームの役割
廃止:すべての手順を完了させるために、単独で書類とプロセスを管理する
Check-In:従業員とマネージャーの建設的なコミュニケーションを重視する
6.トレーニングおよびリソース
廃止:マネージャーのコーチングとリソースは提携先に依存しているため、必ずしも全従業員に
行き届くとは限らない
Check-In:リソースセンターを提供、必要なときにいつでも支援や回答を得られる
Check-Inのポジティブ効果
従業員数が増加した現在、「Check-Inの採用により、マネージャーの時間を10万時間以上節約している」とAdobeは見積もっています。また、パフォーマンスの良くない従業員の自発的な離職率が低下し、非自発的な離職率が増加
従業員を対象に実施したアンケートでは、2012年と2015年を比べると、「Adobeを働きがいのある職場として推薦する」「パフォーマンスに役立つ、継続的なフィードバックを受けている」という従業員がそれぞれ10%増え、「マネージャーが部下からフィードバックを受けることに積極的である」という従業員が5%増えました。
新たな評価システムが、組織のために働く価値とサポートを従業員に感じさせ、真のチームワークと生産性の向上を促す、ポジティブな環境作りに貢献していることは疑う余地がありません。
自社で採用する際の注意点
Check-Inは現在オープンソース化されているため(英語版)、他の企業がツールなどを利用することもできます。しかし、新しいシステムへの移行に対し、抵抗を感じる従業員も少なくないでしょう。組織内部の違和感や摩擦を最小限に抑える対策として、以下のポイントに注意しましょう。
十分な導入期間を設ける
Adobeは18ヵ月間の導入期間を設け、その後も継続してトレーニングを行いました。トレーニングとコミュニケーションを含む包括的な計画を設計し、シニアリーダー、マネージャー、従業員の順に導入プログラムを展開します。トレーニングコースを提供するなど、ゆっくりと時間をかけて導入する必要があります。
オープンなコミュニケーションが図れる環境を作る
成功の決め手となるのは、組織全体のコミュニケーションです。パフォーマンスの詳細(進歩が見られる点、改善の必要がある点、目標設定など)について話し合う機会を設け、今後のアクションプランにつながる評価を定期的に行います。そのためには、マネージャーとHRスタッフ、そして従業員が、オープンに話し合える環境作りが重要です。
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